2006 / 02 / 27
  大学生を応援することが、大学生のためにならないこともある

グビーフットボール日本選手権が終わった。今年は早稲田大学が準々決勝でトヨタ自動車を破る金星を挙げるなど活躍したおかげで、トリノ冬季五輪の「裏」イベントであったにも関わらず、わりと注目を集めた。

さて、その早大とトヨタの対戦を秩父宮に観に行った方も居るだろう。豊富な資金力で海外の一流選手を集め急激に強くなったトヨタ自動車。ラグビー自体も日本のファンにあまりウケておらず、反則も多い。そんなトヨタにとって、東京はアウェー。しかも相手は人気の早大だ。

早大がボールを奪えば観客のボルテージが上がり、トヨタがトライを挙げると観客席が静寂に包まれる――。日本ラグビー界の縮図が、そこにあった。

調な業績による資金で選手を集めて強くなったトヨタ。産学協同パートナーシップをアディダスに持ち掛けられ、潤沢な支援により力をつけた早大(もちろん、どちらもそれ自体が悪いことだと言うつもりは全くない)。どこがどう違うのか、そんなことはお構いなしだ。学生が社会人と対戦すれば、それだけで学生が応援の味方をつける。

大学生が社会人を破れば、大学生が卒業後活躍するべき社会人ラグビーの権威も人気も落ち、結局は大学生の将来のためにもならない。トヨタにも、新人ウィングの内藤慎平ら早大OBが居る。彼らは大学でプレーしたよりも恐らく長くトップリーグでプレーし、それを生活の糧とするのだ。

だが、そんなことも忘れたフリだ。いや、トップリーグの存在すら忘れているかも知れない。判官贔屓の国民性も手伝って、学生が社会人を破れば、それだけで大盛り上がりの歓喜の嵐、メディアも大喜びなのである。

メリカのカレッジスポーツが人気が高いのは、レベル自体が非常に高く、プロにも負けないくらいのファイトが観ることができ、エキサイトできるからだ。それに対して日本では、学生は純粋であるというイメージと、判官贔屓の国民性と、学校OBの応援などによって大学スポーツが盛り上がる。高校スポーツでも、大学の付属高校の大応援団が、普通の公立高校を応援で凌駕してしまうことがわりと多い。

トップリーグのゲームはいつもガラガラでも、早慶戦は3万人は入る。今年の日本選手権準決勝でも、早大が出場した秩父宮は満杯で、NECと三洋電機が激戦を繰り広げた花園はガラガラだった。日本のラガーマンは、大学時代が注目を浴びるピークなのだ。これは相当不健全である。

ラグビーだけではない。バスケットボールもバレーボールもアメリカンフットボールもサッカーも、日本選手権やら天皇杯やらで、学生と社会人(またはプロ)が真面目に公式の真剣勝負を繰り広げる。サッカーを除けば、大学チームが出たほうが観客動員できるもんだから、日本選手権から大学をいつまで経っても外せない。

そしてその結果、たまに学生のチームが勝ってしまい、日本のトップリーグの権威と人気を下げてしまっているのだ。目先の利益に気を取られ、長期的に見ると自らの首を絞めている悪循環。学生に引っ張られてきた日本スポーツ界独特の、代表的な自殺行為である。

ちろん早大のラグビーには、豊富な支援だけではない、純粋さやひたむきさも越えた魅力がある。社会人の重量フォワードに負けないスクラムもテクニックのなせる業だし、バックスも高い空間認知能力を感じさせる選手が揃っている。SHの弥富選手らを中心に、そんなセンスの優れた多くの選手が残り、来年もさらに最強のチームを作ってくるだろう。ラグビー界の注目が、早大の一点に注がれるかも知れない。

だが、そんな大学ラグビーの人気に頼って、トップリーグを面白く露出させることができないこの傾向に手をこまねいているようでは、お先真っ暗であることは言うまでもない。そんなことだから、トップリーグの観客動員はいつまで経っても伸びず、W杯誘致にも失敗するのだ。

トップのリーグが学生スポーツの人気から収益を得ようなんて、その時点でプライドが感じられない。これではトップリーグの人気なんて上がりようがない。学生との日本選手権なんて、全てのスポーツにおいていちはやく廃止すべき捩れた構造であることに、すぐにでも気付くべきだ。

    稲見純也 JunYa Inami


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