2007 / 02 / 12
  史上最高のクラッチキッカー

要な場面で能力を発揮する、チャンスに強い選手のことを、アメリカではクラッチ(clutch)プレイヤーと表現する。clutchはもともと「しっかりと握る」という意味で、車のクラッチの語源でもある。

アメリカ口語で、チャンスで的確に仕事をすることを「クラッチ」と表現することについては、半世紀ほど前のアメリカのベースボール関連書籍に既に記載がある。「完璧な操作タイミングが必要で、少し欠陥があると動作しない、マニュアル車のクラッチに由来する」ということらしい。

て、2月4日にマイアミで行われた、第41回NFLスーパーボウル。インディアナポリス・コルツが、シカゴ・ベアーズを29-17で破ったゲームで、アメリカで最も有名な「クラッチプレイヤー」のひとりが、また栄冠を手にした。

コルツのアダム・ヴィナティエリが、プレースキッカーとしてはNFL史上初めて、4度目の(しかも最近のたった6年間で)スーパーボウル・リングを手にしたのである。

NFLのキッカーやパンターでは珍しいことではないが、学生時代はサッカーの競技経験を持つヴィナティエリ。そのキック精度の高さから、クラッチ操作すら必要のない「オートマティック」という愛称を持つ。そんな彼の能力は、サッカーで培ったキック力や、NFLの他の選手と比べると際立つキックに適した体格(つまり、失礼ながら短い足)によるものだけでは、決してない。

NFL史上最高のクラッチキッカーと呼ばれる彼の強みは何より、大事な場面で大事なキックを決めることのできる、精神力である。

らゆるスポーツのなかで、アメリカンフットボールのキッカーは、最も強靭な精神力を必要とするポジションに違いない。

完全分業制のNFLでは、リターンでさえ、プレースキックとパントでは別の選手にさせるチームが多数派だ。プレースキッカーにいたっては、ラグビーなどとは全く異なり、プレースキックしか出番がない。そんなプレースキッカーは、その「出番」で確実な仕事をするために、常に集中力の維持と、体の準備をしておかなくてはならないのだ。

しかも、その「出番」は、ゲームを左右する大事な場面であることが多いのである。野球の代打なら、3割打てば褒められる。NFLのキッカーは、そうもいかない。スーパーボウルともなれば、世界中で10億人もの人間が、「当然決めてくれるだろう」と彼らのキックに注目するのだ。

の意味で最も象徴的なシーンが、第25回のスーパーボウルであった。バッファロー・ビルズのスコット・ノーウッドが、試合終了間際に47ヤードの逆転フィールドゴールを外した、有名な瞬間である。

47ヤードは、キッカーにとって決して楽に決められる距離ではない。だがそれでも、バッファローのスーパーボウル4連敗というケチのつきはじめとファンに責められ続け、精神的ショックから不調に陥り、結局は引退に追い込まれ、映画の題材にまでされた(彼も高校時代までサッカーをやっていたクチで、今は地元に帰ってサッカーのコーチもしているそうだが)。

今季も、コルツがヴィナティエリを獲得する代わりに放出したマイク・バンダージャクトの不調ぶりが、実に印象的だった。NFLを代表するプレースキッカーのひとりで、NFL最高のフィールドゴール成功率を持つバンダージャクトだが、昨年のプレーオフでたて続けに極めて大事なフィールドゴールを外し、その影響からか今季まで絶不調でガタガタとなった挙句、解雇されてしまった。全く、過酷な商売である。

方のヴィナティエリは、ノーウッドとは対照的に、第36回スーパーボウルで、試合時間残り7秒で48ヤードの決勝フィールドゴールを決めたことで、「クラッチプレイヤー」として一躍有名になった。彼はこの試合の直後に、こう語っている。

「緊張なんて全くしなかった。試合が始まる前に200回も、自分がゴールを決めて勝つシーンを想像していたんだから」

今年のプレーオフでもクラッチキックを次々と成功させ、因縁の古巣・ペイトリオッツ戦の後には、「fun situation」だったと言ってのけた。

ィナティエリは、NFLでこれまで20回、残り1分未満で決勝フィールドゴールに挑むという実に「クラッチ」な場面を経験し、そのうち失敗はわずか1回しかない。

前回出場したスーパーボウルでも決勝フィールドゴールを決め、今回もベアーズのスーパールーキー、デヴィン・ヘスターというキックリターナーを封じるキックオフをするという大仕事があったヴィナティエリ。これまで、NFLで殿堂入りしたキッカーは1人しかいないのだが、そんな目立たないはずの職業に就く彼に、大舞台でなぜか重要な役割が回ってくる。

そして、その役割をこなしてクラッチプレイヤーとなるためには、車のクラッチのような強靭で正確な動作能力に加えて、さらに彼のような精神力も必要なのだ。いや、それほどの精神力を持つ選手にこそ、大舞台で大きな仕事が巡ってくるように上手くできているのかも知れない。スポーツというものは――。

    稲見純也 JunYa Inami


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