2007 / 05 / 21
  野球特待生問題、高野連を責めるのは簡単だが…

校球児に野球特待制度の適用を禁じている条文は、きっちり正確に言うと、日本学生野球憲章第13条ではない。

第13条は大学野球についての規定であり、高校野球について規定した第19条で、この第13条を準用しているのだ。従って、法律的に正確に言うなら、問題の条文は「第19条で準用する第13条」あるいは「準13条」となろうか。

そして当然、大学生にも適用される規定であることは、十分に認識しておくべきである。

もあれ、この「学生野球憲章第13条問題」は、依然として議論の的となっている。しかし、球界再編問題等々といった諸論点に比べれば、採るべき道はあまりにもシンプルに導かれる。

◆ 高校野球を明らかに特別扱いしているこの国で、「野球だけを特別扱いして特待制度を禁じるのはおかしい」とする意見は、論理的に破綻している(高校フェンシングで特待制度を禁じていたとしても、ここまで社会的な問題にはならないはずだ)

◆ かと言って、逃げ道が無数にある学生野球憲章13条は、存在自体に無理がある

◆ となれば、第13条(と第19条)を改定して特待制度や奨学金を認めた上で、その額に「他の競技と比べても常識的な」上限を一律に設定し、連盟側が責任持ってその上限が遵守されているか監視すべきである

◆ それが無理なら、名前を売りたい私立校による奨学金合戦を沈静化させるために、甲子園大会を各都道府県の選抜チームによる大会に変えるほかない

…といったところとなろう。

が、最も強く感じることは、いま日本高校野球連盟(高野連)をことさらに非難する声が多いことに対する、「違和感」である。

まず、我々の無力さのほうが、よっぽど痛切に受け止めるべきことに思えるのだ。高校生自身のことを考えれば、周知の事実だった野球特待生制度を、実例を挙げて摘発することなど不可能だというジレンマも、我々には確かにあった。

私にも、21世紀枠や希望枠といった制度のナンセンスさや、会長が閉会式で披露する下らない講評などを批判しながら、高野連らの頭の古さを指摘するしか、能がなかった。いま、高野連を批判するのは易い。だが、それよりも我々は、こうした点を大いに反省すべきである。

して、今回の対応に限れば、むしろ高野連の判断を評価しても良いのではないかと思える。

一校一校、高野連が調査して特待制度を摘発し、次々と出場辞退に追い込むことさえ、高野連にはできた。それをせずに学校に自己申告させ、目前に迫る夏の大会に影響がないようにしたことは、むしろ見事な対応だった。

もちろん、彼らにとってみれば、「夏の甲子園」という興行を優先しただけなのかも知れない。だが、一刀両断にせず、対策を練る時間をとったことで、結果として高校生は助かった。これまでの彼らの対応に比べれば、賞賛に値する進歩ぶりだ。

それに、商業化した高校野球の話題で原稿料を貰ってきた我々が、興行を優先する高野連ばかりを批判するのもオカシイ。とにかく、罪のない高校生たちを第一に考えるほかにない。

らに言えば、規則を違反していた私立校に対する批判の声が、高野連への批判の声に比して、どうしてこうも小さいのか。たとえ時代遅れのルールであろうとも、そのルールを破ってきた私学経営陣の軽率さは、教育者としてしっかり批判されるべきである。

私立中高連会合からは、「複雑で量も多い学生野球憲章をきちんと熟知させていないではないか」と、高野連を批判する声も聞かれた。しかし、そんなものは私立校の責任逃れの弁に過ぎない。

読むだけで理解できないのなら、なぜ確認を怠ったのか。事実、明徳義塾(高知)のように、事前に自校の特待生制度が憲章上許されるか、高野連にきちんと確認していた学校はあった。

それに、学生野球憲章なんて、たったの25条しかない。それぞれの条文も、そんなに長くないし複雑でもない。これを読めないという私立校に、野球部を作って高野連に加盟する資格など、そもそもあるまい。

校時代に野球部で白球を追っていた私自身、高校時代は高野連の「会員」だった。当時の会員証も、まだ机の引き出しの中にある(…あれ?これは返却しなくても良かったのだろうか?)。

公立校だったから良かったものの、もし私立校に通っていたなら、私自身が会員として憲章違反を犯していたかも知れない。そう思うと――。

    稲見純也 JunYa Inami


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