2007 / 12 / 03
  ビーチバレー、批判を浴びることこそ戦略か?

祥はアメリカ西海岸。アトランタ五輪(’96年)から正式種目となり、世界的な知名度を上げた。浅尾美和の人気もあって、日本でもビーチバレーの注目度は上昇中であるように見える。

だが、ビーチバレーの歴史は、競技に対する批判の歴史でもある。 過度に肌を露出させる選手の「ユニフォーム」が、常に非難の的になっているのだ。 女子のユニフォームにいたっては、「ビキニタイプで、サイドが7a以下」と、ご丁寧にルールで規定されている。「女性の肌を露出させることで男性の視聴者や観衆の目を引こうというイヤらしい競技」といった批判は、世界中で後を絶たない。

れに対し、夏の炎天下で行うことが多いこと、ルーズな服装は競技の邪魔になること、陸上などでも肌は露出していること、…などを挙げて、このルールに対する批判に反論する向きもある。しかし、これらの反論は、ハッキリ言って全く説得力が無い。

夏の炎天下をわざわざ選んで競技を行う必要はそもそも無いし、炎天下ならむしろ選手の肌は紫外線から守るべきである。ルーズな服装は邪魔だと言うが、それはビーチバレー「だけ」が肌の露出を強要している理由にはならない。だいいち、有利な服装は選手が選択できれば良いのであって、ルールで縛るのはオカシイ。無論陸上には、「サイドが7a以下」というルールなど存在しない。

’04年のアテネ五輪では、ビーチバレー競技だけ、DJの音楽に合わせビキニ姿の女性がダンスするパファーマンスを観客に見せ続け、異様な盛り上げ方をして非難の対象となった。もはや彼らに、「女性の肌の露出を競技の宣伝に使っている」という批判に反論する余地は、残っていない。

肌の露出を強いるルールでは、当然イスラム圏の女性は参加すらできない。はなから彼女らを「のけもの」にする、許しがたいルールではあるまいか。昨年のアジア大会はイスラム圏のカタールで行われたが、ビーチバレーを競技種目とすることにさえ、論争が巻き起こった。

こうして女性の肌を見せるよう強いるルールに固執していては、競技の面白さには自信がないのだと受け取られかねない。さらに言えば、「肌の露出を批判され続けること自体が、注目を浴び続けるための汚い戦略である」とまで、つい勘ぐってしまう。

ーチバレーを統括する組織は、室内のバレーボールと同様、国際バレーボール連盟(FIVB)。競技より収益を重視し、バレーボールの国際大会を日本でばかり開催するなど、マーケティング絡みの批判も多い組織だ。彼らには、砂に足をとられるビーチバレーとは逆に、地に足のついた運営を望みたい。

8月に神奈川・鵠沼海岸で行われたマーメイド杯では、「浅尾がファンに胸を触られて動揺負け」というニュースが大きく報道された。どんな相手に負けたのか、どんな内容で負けたのか、知っていたスポーツファンは少なかろう。こんな調子では、「スポーツ」の名が廃る。

    稲見純也 JunYa Inami

<この記事は、9月11日発売『週刊漫画サンデー』に掲載されたものです>


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