2008 / 03 / 10
  「あきらめなければ夢は必ず叶う」などと、軽々しく言うものではない

く信じ続けることで、それが現実になる」という現象や考え方を、心理学ではピグマリオン効果と呼ぶ。キプロスの王・ピグマリオンが、自分で作った人形を溺愛し続けた結果、その人形に命が宿ったという、極めて現実離れしたギリシャ神話に由来する。

3月9日の名古屋国際女子マラソンで敗れた高橋尚子(ファイテン)も、こうした考え方をこのレースに向け繰り返しメディアに発信してきた。特に、彼女の動向を注目して追ってきたファンの皆様は、耳にタコが出来るほど聞いてきたのではないか。

「あきらめなければ夢は必ず叶う」

チームQを旗揚げして以来、極めて高いプロ意識を見せてきた彼女のことだ。このような「テーマ」を掲げて走ることは、プロチームとして注目を集め易くすることでもあり、スポンサーの意向にも沿うものであろう。だが、この言葉自体は、あまり褒められたスローガンには思えない。個人的にありていに言えば、私はこの言葉が大嫌いである。

つてはスピードスケートの清水宏保など、世界で戦い続け夢を叶えたアスリート達が吐き続けてきたこの言葉。確かに、あきらめなかったからこそ、彼らは夢を叶えられたことに違いあるまい。

だが、そのことをもってして、「あきらめなければ夢は必ず叶う」と断じるのは、そもそも理論的ではないし、ハッキリ言えば説得力の欠片もない。彼らが証明したことはあくまで、「あきらめなかったから夢が叶った」ということであって、「あきらめなければ夢は必ず叶う」ということではないのだ。

彼らは運良く(もちろん弛まぬ努力の賜物であるが)勝った。だが、その陰で、あきらめなかったのに夢を叶えられなかった何百、何千というアスリート達が居ることを、思い遣る気持ちこそ持って欲しいと思うし、発信して欲しいとも思う。

とえば、高橋尚子が名古屋で勝って、北京の切符を掴んでいたとしよう。そのとき、「あきらめなければ夢は必ず叶うということを、これで証明できました」などと高らかにインタビューで発言したら、そのレースで敗れた他の者たちはどう思うだろう。少なくとも、名古屋で敗れてしまった弘山晴美や大南敬美といった不屈のランナー達は、マラソンで五輪出場という夢を叶えるために、あきらめて投げ出してしまったようなアスリートではない。陸上ファンなら、みんな知っているはずだ。

「あきらめないで」というメッセージを伝えたいという、高橋の気持ちは理解できる。だが、本当にそういう気持ちがあるのなら、昨年ひざの手術をしたことを隠さずに公表し、それでも黙々と努力する姿を見せ、それで勝った後に初めて「あきらめなかったから、夢が叶ったんです」と言えば良かったのではないか。

そのうえ、負けた後になって、「実は半月板を手術していまして」と言っていては(もちろん周囲の雑音を気にして、或いはゲンをかついで、或いは戦略として、だったにしても)、彼女のメッセージが伝わるどころか、逆に言い訳に聞こえてしまう。あきらめずに頑張っても怪我があったので駄目でした、では、このメッセージ発信し続けた者として無責任だ。

彼女のプロ根性を考えれば、怪我を公表して、怪我と戦いながら夢を目指す姿を発信することは出来たはずだし、ファイテンとしてもその方が「おいしかった」はずだ。逆に、レース後に「実は故障していまして、うまく走れると思ったんですけど、駄目でした」と、こうも何回も言われては、今後のサポートの決断も難しくなってしまう。

れからも日本は、清水や高橋のような数々の尊敬すべき名アスリートを産み出していくことだろう。今年の北京五輪でも、そんなスターが誕生するに違いない。そんな未来の英雄たちに言いたい。「あきらめなければ夢は必ず叶う」など、軽々しく言うべき言葉ではないのだと。

「あきらめないことが大事」であることを伝えるなら、もっと他の言葉があるはずだ。いや、言葉など、そもそも要らないかも知れない。清水や高橋といった素晴らしいアスリート達の弛まぬ努力を心から尊敬しているからこそ、彼らにも、未来のスター達にも、そう注文したいのだ。

    稲見純也 JunYa Inami


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