2008 / 06 / 12
  「レーザーレーサー」騒動についての雑感

ピード社(英)の新作競泳水着、「レーザーレーサー(LR)」騒動。日本競泳陣も、五輪本番でLRを着用できることとなった。まだ、所属クラブの方針等によって、選手により水着選択の自由度に格差がある問題はあるものの、国内では一段落しそうな様相となっている。そこで、今回の騒動について、ふたつほど気になっている点を述べてみたい。

ずひとつめ、そもそもスピード社のLRは、本当に「そんなに」速いのか、という点である。

無論、男子自由形をはじめ、これまで世界記録が長らく更新されていなかった種目で記録更新が連発したことなど、明らかにLRが従来水着に比べ速いことを窺わせる事実があり、そのこと自体を私も疑っているワケでない。だが、「世間が思っているほど」の性能差が本当にあるのかについては、少々疑問に思っている。

北島康介が「(世界記録は)出すべきひとが出している」と言ったように、世界で続発した世界記録は、決して「LRを着た無名選手」が出したわけではない。これまでどおりの水泳技術や水着素材の進歩だったとしても、五輪イヤーである今年の欧州選手権や豪州選手権では、有力選手による世界記録が幾つも出ていたはずだ。

たとえば4月に行われた日本選手権だけみても、LRとは無関係の日本記録が8個も出ている。北島、中村礼子、柴田亜衣といったベテランを脅かす新しい逸材が全く出てこないことに嘆く日本水泳陣の記録で、である。世界記録にしてみても、スピード社製ではない水着でも出ているワケだし、ジャパンオープンでさえスピード社製ではない水着で日本記録は出ている。

らに言えば、今年になって出た世界記録は、スピード社のお膝元・欧州の欧州選手権や、ナショナルチーム自体がスピード社と契約している豪州の選手権で連発したものであるということも、忘れるべきではあるまい。アメリカでさえ、独占禁止法違反の疑いでスピード社がティア社に訴えられるほど、スピード社を着用する有力選手が多いのだ。ジャパンオープンでも、日本記録は、ほとんどの選手がLRを着用した決勝で出た。

要するに、「37個の世界新記録のうち、35個がスピード社製の水着で出た」とか、「17個の日本記録のうち16個がスピード社製の水着で出た」という言い方ばかりが誇張され、「実はほとんどの有力選手がLRを着ていた」という事実があまり触れられないのは、事象を読み解く上で非常に危険な傾向だと思った次第である。

事実、平井伯昌コーチが「スタートの15mで0.7秒違う選手もいる」と声高に喧伝していたほどには、LRの効果はないことは、ジャパンオープンの結果を見れば明らかだ。15mで0.7秒違うと、200mなら9秒以上も記録が伸びることになる。そもそも、誤差が大きいスタート直後の極めて短い距離で検証した結果を喧伝するのは、フェアじゃない。

このように、コーチや選手たちにしてみれば、速いと噂のLRを五輪本番で着たいと願うのが当たり前だから(ロール・マナドゥ(フランス)がLRを着られないことにインタビューで泣き出したほどだ)、「効果がある、だから着たい」と最大限に世間や水連にアピールしてきたことだろう。そういった言わば履かれた「ゲタ」も、第三者としては少し冷静に考えてみたいものである。他の水着メーカーや開発者達の名誉のためにも、この点は触れておきたい。

うは言っても、LRが従来の水着に比べて速いことは、ほぼ確実だ。となれば、ふたつめの興味は、(北京五輪は無理として)北京五輪以降の大会で、水着ではなくアスリートの実力で勝負できるような環境が整うだろうか、という点に尽きる。

しかし、これがなかなか難しいのではないかと、私は思っている。まず気になるのが、国際水泳連盟が、LRの浮力について「科学的根拠がない」という見解を、なぜかアッサリと早々に出して、この水着を「公認」してしまったことだ。

日本人選手の弁によれば、LRは相当浮く感じがするらしい。浮き過ぎて、競技中にバランスを崩した選手もいたという。つまり、シームレス縫合やら締め付けやらよりも、浮力がLRの武器である見込みが高くなっている。

ところが、国際水泳連盟がこの浮力に対して、早々に「お墨付き」を与えてしまった。これを撤回して、もう一度綿密な実験と検証をして、あるいはレギュレーションを厳しくして、LRの浮力に待ったをかける度胸と力量を、果たして国際水泳連盟に期待していいのだろうか。

うなると、今後心配になってくるのは、特許の問題である。ミズノ、デサント、アシックスの国内三社は、改良水着を作り自信満々だったが、ほとんど成果は得られなかったに等しい。つまり、これら実に優秀な日本のメーカーに比べても、スピード社が優位な「技術」を持っている、ということである。

では、この「技術」をスピード社が特許で囲いこんでしまったら、どうか。ライセンス料やクロスライセンスで他社に技術使用の許可を与えるならまだしも、この技術を独占してしまう可能性はある。他のメーカーがスピード社の水着を手に入れて調査したとしても、それを真似して速い水着を作れるワケではないのだ。

実際、以前ミズノがスピード社と共同開発した例の鮫肌水着についても、主要な特許はスピード社が握っているという話もある。特許の内容によっては、違う素材や製法を開発したとしても、特許に抵触してしまう可能性さえある。

男子なら水着の大きさを制限することなどが簡単に可能だが、女子はそうもいかない。今後、水着の規制を強化し、LRによってタイムが優位になってしまう(あるいは、それを疑いながら競技を観なければならない)ような状況が、思うより長く続くかも知れない。北京五輪で日本選手がLRを着るか着ないかなんてコトより、気にすべきかも知れない問題がそこにある。

    稲見純也 JunYa Inami


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